Feature

2026.10.14

第14回
「ジャネット・クリステンセン《Holding Balance》」(前編)

岡添 瑠子(早稲田大学 非常勤講師)

Johannes Vermeer, Woman Holding a Balance, c. 1664, National Gallery of Art
Wikimedia commons: 
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Woman-with-a-balance-by-Vermeer.jpg

 オレンジ色のヒジャブを身に纏った若い女性が、右手に天秤を持ち、物思いにふけるように手先を見つめている。天秤の二つの皿には、何も載っていない。《Holding Balance》(バランスを保つ、2013年)はノルウェーのアーティスト、ジャネット・クリステンセン(Jeannette Christensen,1958年-)がバロックの画家フェルメールの作品に描かれた人物をモチーフとした写真作品のひとつである(作品図版は後編に掲載)。私たちの共著『甦るヴァニタス:<はかなさ>と向き合う現代美術』の中で、文化理論家のミーケ・バルがクリステンセンの別の作品を紹介している(「生死のはざまのヘテロ・クロニカルな実験」岡添訳)。やはりフェルメールの絵画を翻案したものだが、この《Holding Balance》への言及はみられない。

 この作品のもとになったフェルメールの《天秤を持つ女》(1664年頃)をめぐっては無数の解釈があるが、天秤を持つ女性の背後にキリストの「最後の審判」を描いた絵画が見えることから、この女性は金貨や宝飾品を秤にかけているのではなく、「聖なる真理」や「神の裁き」を象徴していると考えられている。「永遠の天上」対「物質的・世俗的な物に価値を置くことの無意味さ」という図式は、ヴァニタスの思想に通ずる。実際、西洋美術における「天秤」は、公平・正義、神による審判、そしてヴァニタスを象徴する重要なモチーフなのだ。


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