2026.05.18
第04回
W. G. ゼーバルトの『土星の輪』と砂の表象
鈴木 賢子 (京都芸術大学 特任准教授)

W. G. ゼーバルト『土星の輪』(鈴木仁子訳、白水社、2007年)書影
表紙画像:かつてダニッチの浜辺に佇立していた「エクルズの教会塔」
ドイツ人作家W. G. ゼーバルトの文学作品『土星の環――イギリス行脚』(1995年)では、語り手がイギリス南東部に位置するサフォーク州とその海岸地域を徒歩旅行します。イギリス東海岸地方は第二次世界大戦以降、長い経済的沈滞に陥りました。語り手が旅している今日、栄華を誇った町のいたるところに衰退の雰囲気が漂っています。
作品のタイトルにもなっている「土星の環」は、惑星の潮汐力で破壊された衛星の塵や瓦礫でできており、そもそも『土星の環』というタイトルは、地表を形成する砂や瓦礫の自然史的生成変化をコノテーション(内示的意味)として有しています。
『土星の環』全体に頻出する砂や瓦礫は、①人類の欲望に駆動され、頂点に達したかと思えば凋落する歴史、②人間の歴史から解離して、自然そのものによって形成される自然史、③ヴァニタス的な寓意、という3つの位相で語ることができるでしょう。
『土星の環』の後半、第7章「ダニッチのヒース」では、地表をあらかた書き変え、繁栄を極めた町を滅亡させた砂の力について語られています。「ダニッチのヒース」の章は、欲望に駆動された人類の歴史とその結果の象徴としての「砂」、地質学的な変化をもたらす自然現象としての「砂」、ヴァニタスにおける寓意としての「砂」、という、三重の意味の緊張関係によって構造化されていると言えます。
