2026.05.28
第05回
海に沈んだダニッチの町
鈴木 賢子 (京都芸術大学 特任准教授)

1250年頃のダニッチの町
現在の海岸線が画面の中ほどに描かれ、中世の頃の町全体が海中に没していることが示されている。2012年、現地の案内板を筆者が撮影
イギリス東海岸の浜辺に面しているダニッチは、現在はポツンポツンと数えるほどの家屋しかない空漠とした場所です。『土星の輪』の語り手は、ダニッチの荒涼たる浜辺を眺めながら、砂のもたらす地質学的変化によって壊滅した町を想起します。中世の時代、ここには交易で栄えたヨーロッパ屈指の港町がありました。繁栄を極めた時期、ダニッチの住民はあらゆる手段を講じて地盤の崩壊を防ぎ、侵食する波の力を食い止めようとしました。しかし、結局すべては無駄でした。ダニッチの町は、
そのことごとくが海中に没した。いまそれらは堆積した砂礫の下に、海底二、三マイル四方にわたって沈んでいる。[…][いくつもの教区教会が:鈴木補]浸食によってじわじわと後退をとげていった崖の端からひとつまたひとつと海に落ちていき、そのむかし町が築かれていた土台と岩もろとも、徐々に深い海底に沈んでいったのだ。
(W. G. ゼーバルト『土星の輪』鈴木仁子訳、白水社、2007年、148–149頁)
『土星の輪』のなかで語られるダニッチの町は、まるで透明なガラスに覆われた砂時計のなかに存在し、砂に埋もれていくミニアチュールのようです。
