2026.06.03
第06回
砂上の楼閣
鈴木 賢子 (京都芸術大学 特任准教授)

ダニッチの浜辺。サイズウェルの原発を遠景に眺める。2012年、筆者撮影
遠い昔、ダニッチの海上には、海に沈んだいくつもの教会の塔が見えたと言います。1900年前後までダニッチの浜辺に残っていた「エクルズの教会塔」は、もともと高台にありました。しかし、砂地の上に建てられていたせいで、自重によってそのまま傾きもせずに海辺までずりおちて、徐々に砂に沈んで倒壊してしまいました(第4回の図版参照)。まさにリアルな「砂上の楼閣」です。
かつて繁栄を極めて海に沈んだ町とエクルズの教会塔は、シェイクスピアの『嵐』におけるプロスペローのせりふを具現化したかのようです。この有名なせりふでは、この世は一炊の夢である、ということが示されます。
だが、大地のなかに礎をもたぬいまの幻の世界と同様に、/雲に接する塔も、豪奢を誇る宮殿も、/荘厳極まりない大寺院も、巨大な地球そのものも、/そう、この地上に在るいっさいのものは、結局は/溶け去って、いま消え失せた幻影と同様に、あとには/一片の浮き雲も残しはしない。われわれ人間は/夢と同じもので織りなされている、はかない一生の/仕上げをするのは眠りなのだ[…]
(“The Tempest,” IV. i. In: William Shakespeare, The New Cambridge Shakespeare, ed. David Lindley, Cambridge University Press, 2002, 190–191. 小田島雄志訳、一部訳語を変更)
このダニッチの海岸からは、神殿のように巨大なドームをもつサイズウェル原発が遠望できます。
ゼーバルトの『土星の輪』において、海中に没したダニッチの歴史、自然自身が語る自然史、これら2つの位相とテンションを保ちつつ、低音部で鳴り響いているのは古い意味のコード、すなわち「自然とのバランスを崩し、他者を抑圧して進む私たちの現代文明は、いつか没落し、時の流砂に呑み込まれるだろう」というヴァニタス的な警告です。
